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本当は怖い点滴

(zeraniumのブログより)

「点滴」を利用して薬剤の大量消費が行なわれている

   「葬儀屋さんはよくこう言います。
   『昔のご遺体は軽かったのに、最近のご遺体は、重いですね・・・』」
   私は思わず、聞き返す。
   「それだけ大量点滴されて水膨(ぶく)れしている、ということですね?」
   「そういうことです。高速点滴した結果ですね。医者はそれを”溺死体”と呼んでいます。

   中村仁一医師は淡々と言った。
   彼はベストセラー『大往生したけりゃ、医療とかかわるな』(幻冬舎新書)で知られる。
   つまり重い分は、医者がここぞとばかりに大量点滴した水分の量なのだ。私は絶句して言葉もない。溺死体とは水死体のことで、膨(ふく)れ上がって人相、外観が変わってしまった遺体のことだ。昔の人は俗に、それを土左衛門と呼んだが、それはもはや見るに耐えない醜さなので、そう呼ぶしかなかったのだ。

   葬儀屋が2人がかりで遺体をベッドから持ち上げて、「これは重い!」と実感するほど水膨れした老人の姿・・・。そのズッシリ重い分は、医者が末期の患者に、ここぞとばかりに点滴の管から身体に注ぎ込んだ、大量の輸液の重量なのだ。

   「老人に、1日1・5ℓ 以上点滴したら死にますよ!」
   これは、病院に入院してわずか18 時間後に苦悶死した、山中トミ子さんの診療記録を見て叫んだ内海聡医師の言葉だ。(第1章参照) 「医者なら誰でも知っている。研修生でも知っています。知らなきゃ馬鹿です。でも知っててやったなら”殺人”です」

   私はこのとき、山中トミ子さん(本書第1章記述)は、点滴輸液の高速注入で”殺された”と確信した。その診療記録や介護記録によると、わずか半日で、この84歳の小柄な老女の身体に、何十種類もの致死量の薬剤が注ぎ込まれていた。私は最初、膨大な診療記録に満載の医薬品の”薬毒”で、彼女は急死したと思っていた。しかしこれらの夥(おびただ)しい医薬品の毒性を待つまでもなく、短時間でかつ大量の輸液を体内に注入すれば、簡単に老人の命を奪うことはできるのだ。

   そうした意味から、この”点滴殺人”は医療過誤死の盲点になっていると言える。
   「亡くなった老人の遺体をベッドから運ぶと、その下のシーツもぐっしょり濡れている」。そう証言する病院関係者もある。なぜシーツがそれほど濡れているのか? あまりに大量点滴したために、病人の体から溢れ出た水分がシーツを濡らしているのだ。しかも遺体から吹き出すほどの大量点滴だ。それは葬儀屋がズッシリ重いと実感するほどの量だ。

   おそらく1・5ℓ どころか、それ以上の大量が注ぎ込まれたに違いない。
   その異様な重さを思うと怖ろしくなる。内海医師は、大量点滴だけで老人は確実に死ぬ、と断言した。その死因の一つに肺水腫がある。肺に水が溜まって呼吸困難で死亡する。早く言えば、体内で水に溺れるということだ。

   大量点滴で全身の臓器は悲鳴を上げるが、それは肺だけではない。
   体中に水分が溢れ、全身の臓器が水膨(ぶく)れとなり、最後は死に至る。まさに体の中の臓器が”溺れて”多臓器不全となる。だからその外観が”溺死体”そのままであるのも当然だ。


全文はコチラです



点滴で救われることも確かにありますが、だからといって安心しきっていてはいけないですね。

場合によっては毒殺も可能です!
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